ちょっといい話 その1
夜久野と宇宙を結ぶ 運命の糸 の おはなし…
平成14年2月11日のこと 
京都府北部の芸術家の集まり(??)にお誘いいただき、厚かましく参加させていただいたのです。雪が積もった寒い日にもかかわらず、さらに雪深い舞鶴のある陶芸家のお宅。黒豆のお豆腐を自分たちで作って、いただこうというのです。なるほど、時々集まってはいろんなお料理を作り、飲んで話そう!と言うことらしい。そのお酒の席で、私は人生が変わるほどの素晴らしいと言うか、光り輝くようなと言うか・・・・・、宇宙規模のお話を聞いたのです。
荒木俊馬先生と松本零士先生と夜久野 
その宇宙規模のお話しと言うのは、戦後、荒木俊馬先生という天文学者が夜久野に住んでおられて、「大宇宙の旅」という本を書かれ、それを読まれた当時小学6年生だった漫画家の松本零士先生が、その影響を受けて「銀河鉄道999」を書かれたそうだ、と言うものです。
本当ですか?私は身を乗り出して尋ねました。
京都産業大学の冊子に書いてあったので間違いないだろう。
この言葉を聞いて、私の探していたものはこれだ!と思いました。
夜久野の星空 
私は7年前に、大阪からこの夜久野町に帰ってきました。都会暮らしから、まるで正反対の山間の町の生活。だけど空を見上げると満天の星。星はこんなにもたくさんあったのかと、改めて感じました。昴の星の数、7〜8個は数えられるのです。そして天の川のきめ細かいこと! 夏の天の川と冬の天の川では、見え方が随分違うって事、皆さんは気付いてました? 私は夜久野に帰ってきて初めて知ったのです。こんなにも星がきれいに見える夜久野町のこと、多くの人に知らせたい。何か星を題材に、町づくりのきっかけになる物はないだろうか。帰ってきてからずうっと探していたのです。
星のきれいな夜久野町に天文学者。
そして宇宙ものの漫画を書かれる松本零士先生。
やっと見つけた!
たった一人の活動から 
見つけたらすぐに行動開始!
先ず夜久野町教育委員会へ行き、色々とお尋ねしました。そこでちょうど発行されたばかりの冊子「学祖 荒木俊馬先生と京都産業大学 〜建学の心をたずねて〜」を見せていただきました。荒木俊馬先生は、京都産業大学の創始者でもあります。この冊子の中にはしっかりと書いてありました。
昭和20年 夜久野へ隠棲(昭和29年まで)
昭和25年 著書「大宇宙の旅」
昭和27年 夜久野教育事務組合教育委員長
なんと、今年は教育委員長を就任されてちょうど50年。私はこのことを発見して飛び上がらんばかりに喜びました。今年私が、この宇宙規模の話を聞いたと言うことは、きっと私に何かしろと言うことなんだ、そう思いました。一人でも頑張れる、きっと何か大きな事が見つかる、そう確信しました。
そのあと、荒木先生と親しくお付き合いされていた方たちをたずね歩き、いろんなお話を聞いていくうちに、私の中で、どうしてもこのことを世間の人に知って欲しいという思いが、どんどん膨らんできました。また、インターネットで調べた松本零士先生は今年で漫画家生活50周年と言うことを知ったのです。荒木先生が教育委員会就任50周年で、松本零士先生が漫画家生活50周年。どちらも50周年という今年、私が動きかけたと言うことは偶然なんかじゃなく、運命のようなものを感じたのです。
夜久野星空の会誕生 
一人だけの活動から、一人また一人と協力者が増え、5月には7人のグループになっていました。荒野の七人か、七人の侍のように、この7人はそれぞれの能力や知恵を出し合い、また私のわがままにもつき合ってくれ、協力し合える仲
間です。荒木先生と松本先生のこと、そしてきれいな夜久野の星空のことを、いかにして世間の人たちに知らせようか。いかにして夜久野町の活性化につなげようか。仲間で真剣に取り組み始めたのです。
ホームページ「夜久野の星空」 
その後のことは、このホームページを見てください。頼もしい仲間たちとの数々のイベント。そして大きくなっていく町づくりの輪。「銀河鉄道999」の町づくり。私の夢を乗せた銀河鉄道999は、夜久野のきれいな星空の中、目的地に向かって今日も走ります。
夜久野星空の会
会長 衣川タカ子
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