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夜久野の星空銀河鉄道999 "その心の生まれた夜久野"
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紹介する永田さん |
■アインシュタイン博士に薫陶受く
ベルリン大学に留学し、アインシュタイン博士から薫陶を受けて日本を代表する天文学者となった荒木氏だが、小学校でのできは、あまり良くなく、1年留年して旧制中学へ入った。しかし中学で勉学に目覚め、卒業時には「最優秀」に。理数系の先生が「荒木の教室は怖くて行けぬ」とこぼしたほどの秀才ぶりだったという。
■芸術家の側面持つ
絵筆を持たせれば子どものころから素人離れしたものを描くほど芸術の才能も持ち合わせたが、早くに父を亡くし、貧しくてピアノが弾けなかったため、自分の子どもたちには音楽を勧め、自身は歌劇の書評を書き、歌劇の草案もいくつか残している。
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■語学堪能
こうした足跡は荒木氏の日記から知ることができるが、永田さんは「独語、仏語など様々な言語が出てくるうえ、アインシュタインの相対性理論が随所に出てくる難解なもの。また科学者の日記とあって心情が出てこない」と、荒木研究の苦労を明かす。
■心情溢れる歌人京子夫人の日記
その荒木氏の日記以上に、氏の日常を知ることが出来るのが、夫人の京子さんの日記。歌人のため、心の動きがよく出ている。戦後一時期、夜久野高原で開墾生活を送った時に詠んだたくさんの歌からは、人びとの親切を喜ぶ様子が読み取れ、永田さんは「夜久野の地が一家にとって、いかに感銘深いものだったかがうかがい知れる」と紹介した。
講演後には、荒木氏が夜久野で生活していた時代を知る町民らを交え、座談会が行われ、JR上夜久野駅そばに「京都産業大学天文台建設予定地」の看板が立っていたことなど、エピソードが語り合われた。(両丹日日新聞から)
